今回は、「抽象化能力」についての概要をお話させて頂きます。
少し話が難しくはなりますが、中学受験の成否に関わることは勿論のこと、その先の人生を生きていく上でも大変重要な能力になりますので、可能な限り具体的な話に紐づけて、教育の専門家でもない保護者様にも十分にご理解頂けるように頑張って説明させて頂きますので、宜しくお願い致します。
1: 「学び」に挑む子供達に、何が起きているのか
先生や保護者様から見たら「同じ問題」に見えるのに、お子様は、「同じ問題」のある問題は正しく正答できても、「同じ問題」のまたある問題は全く正答できていない。その結果、サピックス(SAPIX)のデイチェでもマンスリーでも「同じ問題」にも関わらず、文章や数値が変わっただけでも正答できなくなってしまう、または「文言を変えただけ」のデイチェやマンスリーでは得点できるものの、組分けテストやサピックスオープン(SO)と言った実力テストでテキストと見た目が全く異なる問題になってしまうと、途端に見たことのない問題になってしまう。こういったケースは、中学受験に臨む子供達の日常として、本当によくよく発生しています。その鍵は、「抽象化思考・抽象化能力」にあります。
例えるなら、「目が大きくて、耳がついていて、ヒゲが長くて、ニャーと鳴く4本足の小型の生物」を、「猫」であると抽象化できていない為、いつまでもこの動物にキャットフードを買って与えることができない状態です。
「もじゃもじゃしていて、鼻が湿っていて、スタスタ歩くあいつ」というような捉え方をしてしまっているので、犬なのか猫なのかあるいは他の動物なのか、いつまでもわからない状態にある為、いつまでもその動物に何を与えるべきがわからない状態に陥っていると言えるでしょう。
ちなみに、「抽象化能力」自体は、人間特有の「情報を統合して解釈する力の一つ」です。2012年にGoogleのスーパーコンピュータが新聞を賑わせたのですが、You tubeで1000万個の画像をスキャンした結果、75%の確率で「猫」を認識できるようになったという話でした。凄まじい量とお金をつぎ込んで、ようやく75%の認識しかできないのがコンピュータであり、統合して認識する力は「人間が少ない脳で高性能である理由」と言えます。
コンピュータは、「抽象化能力」が「極めて低い」のですが、発達段階にある子供達にも同じことが言えます。「抽象化思考」を用いずに、あたかもコンピュータかのように「具体の問題を、別々のものとして大量に暗記していく」のです。当然ながら、Googleのスーパーコンピュータでさえも、1000万個の具体を必要とするわけですから、結果として、子供たちは大量の問題を解くことをしなければ、いつまでも抽象化できず、それぞれが別々の動物(問題)だという解釈を行ってしまい、正しい餌(解決方法)を与えられないでいる訳です。
こういった状況に直面された保護者様は「我が子は地頭がよくないのかもしれない」と思われるかもしれません。確かに抽象化能力は、一般的に「地頭」と言われるものと近しいものであり、大人になってからは「伸びない・本人固有の力」である、と一般的に人事の世界では、定義されています。しかしながら、発達が始まった段階である小学生の子供達の場合は、明確に異なると断言できます。
これが、「抽象化思考」に課題がある、中学受験に挑む子供たちが直面している世界であり、発達段階にあるそのような子供達に非がある訳では決してないということを、よくよくご認識頂ければ幸いです。
「どうして、この問題をそうやって解こうとするの?前に、一度正しい解き方で出来ていたはずなのに。」は、
「どうして、猫なのにドッグフードを与えてしまうの?前に、猫に正しくキャットフードを与えてあげられていたのに。」
というのと同じで、本人の中では「猫」の認識が揺らいでいるために、「キャットフード」をどういう相手に与えるものなのかが、当然分からないのです。
従って、「もじゃもじゃなやつ」が出てきたら、「とりあえず、ドッグフード(理由は、これまでで一番多かったから)」という判断をしてしまうのですね。それは、そもそも「猫」と認識できていないことが、最も大きな課題であるということです。
2: 「抽象化能力」とは何か
「抽象化能力」とは、分かりやすく言いますと、「無駄な情報を省いて、その具体の問題(動物)に『ラベルづけ』を行う力」のことです。
例えば、「猫」の例で言いますと、
色が、
白か茶色と黒と白の三色か
は、あまり「猫」かどうかを識別していく上で、「関係が弱い要素」です。
一方で、
「ニャーと鳴く」
「目が大きい」
「耳が立っている」
などの情報は、「猫」かどうかを識別していく上で、「関係が強い要素、共通の要素」です。
「抽象化能力」とは、「関係が弱い要素を無視して、関係が強い要素を抽出して、判断する力」「共通している要素をくくっていく力」であると言うことができます。
例えば、先ほどの例で言いますと、Googleのコンピュータは「猫判定」を一定正しく行うのに、具体の猫を1000万個見る必要があります。我々人間はそれほどの具体数は必要ありません。一定の量(多くとも何十匹)を見ていくと、直感的に脳が「また、こいつか」と判断し、色に左右されず、他の「猫」に共通する要素から「猫」と判別できるようになります。
さて、「学び」においてもこの「抽象化能力」は非常に重要になります。算数の世界には大粒でも約100-200個の論点があり、それぞれが更に非常に細かな小論点に枝分かれしている学問です。従って、「抽象化能力」が高ければ、2-3の具体的な問題を解くだけで、それらの論点を身に付けることができるのですが、「抽象化能力」が低ければ、非常にたくさんの問題を解かなければ、それらの論点を身につけることができません。
また、更に厄介なことに、「抽象化してまとめて記憶している」と「抽象化せず、具体の一問一問を覚えている」とを比較した場合、当然ながら後者の方がすぐに忘れてしまうのも当たり前のことで、復習の頻度や量も必然的に増やさなくてはならない状態に陥ってしまいます。
残念ながら、算数の指導側にも問題があります。「こういうのは、猫」というようにそれぞれの小論点ごとに「適切なラベリング」がなされていないことが、非常に大きな問題です。当然ながら、「名前のない動物」は覚えにくく、忘れやすいものですから。ただでさえ「抽象化能力」が発達段階にある子供達なので、「適切なラベリング」をもとに、本来は何事も抽象化して捉えることを「学びの型」として子供達に提供してあげるべきなのですが、数多くの塾のテキストや参考書も、上手くできていない現実があります。
「和差算」「鶴亀算」など、非常にメジャーな「ラベル」はあるものの、一歩踏み込んで細分化した論点になりますと、もう「ラベル」のない世界に突入していき、「あの問題とこの問題は同じなのか、違うのか?」という疑問を持ったまま進行していくケースが多く、余計に抽象化して算数を学習できにくくなってしまっているのです。
以上
今回は、「抽象化能力」というものを、具体例を挙げながら、子供達の脳に起こっている現象を説明させて頂きました。また、「抽象化能力」そのものが子供達を含めた私たち人間にとって非常に重要な力であることも、ご理解頂けたかと思います。
次回は、どうやってこの「抽象化能力」を伸ばしていくのか、というお話をさせて頂きますので、またお読み頂ければ幸いです。